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2007年10月 アーカイブ

2007年10月01日

バックパッカーの中継地

バックパッカーのほとんどがここカオサンストリート(Khaosan road)に集まる。
外国人バックパッカーの"溜まり場"として知られるこの場所で
次の目的地までの情報収集やチケットの購入をする。

バンコクに入って2日目、素敵なおばちゃんの経営するゲストハウスの空室を確認し、窓から通りが見える240バーツの部屋を借りる。
天井には落ちてきそうなファン。
華やかな柄のベッド。トイレとシャワーは共同。

この写真は朝9時前だったせいか人も屋台も少なくて
有名な通りの割には静かだった。
昼頃になって徐々に人が多くなり、トゥクトゥクやメータータクシーの客寄せのしつこい声もにぎやかになってくる。
夜になると外国人の喜びそうなクラブやバーが大きな音楽を夜中まで流し、盛り上がる。
夜中、犬の遠吠えや、一瞬悲鳴かと思うような高い叫び声で驚かされる。

外で、色んな国の人が騒いでる中
宿のおばちゃんと少し会話を楽しみ
ガイドブックと睨めっこで次のプランを練る。

動くアトリエ

バンコクではトゥクトゥクでの移動がメインだった。

よく聞く話で…

トゥクトゥクやタクシーのおじさんが色々と案内してくれると言う。1人10Bという破格な値段で。 それに乗る。「今日が最終日だ」というシルクのお店に連れて行かれる。 「シルクはPRADA製で,それを使ったオリジナルの スーツが4万円」 これを買う人が居るからこの商売が成り立っている。 他には英語(日本語)の上手な人が宝石店の話をしてくる。 「こっちで宝石を買えば関税がかからないので、すごく 安く手に入る。それを日本に持ち帰れば2,3倍の値段で売ることが出来て大儲けが出来る。」と言って石ころを売る。 トゥクトゥクのおじさんたちは、観光客たちを連れていくとガソリンのクーポンがもらえる。

という話を旅に出る前、とあるサイトの旅行記を読んで知った

カオサンからWAT POOへ行くためトゥクトゥク交渉した時、予想通りこの会話になる
タイに来たんだって実感する。
おっちゃん達は「何も買わなくていいんだ。10分だけそのお店に入って、そしてクーポンをもらってきてくれればいいんだ。60Bで乗せるよ。」と必死だった

けど結局、こっちから声をかけた若者ドライバーのトゥクトゥクで60Bで出かけた。
彼は到着するまで、何もしゃべらなかった。

トゥクトゥクは走るアート。
みんなお客さんを得るためにクッションや飾りなど、本当に手の込んだものをつけている。
夜になると古くさいライトが何色にも点灯して
かわいらしい乗り物が一層おもちゃな感じに見えてしまう。
一つ一つ、同じものがない
タイで一番個性的な乗り物ではないかな、と思う。

バンコク最古

カオサンよりトゥクトゥクで10分ほど走ると辿り着くWAT POO(ワット・ポー)。
バンコクでは最古の寺院、タイ古式マッサージの発祥の地として有名な場所。
敷地内にあるマッサージのスクールでライセンスを取得している日本人も多いらしい。

巨大な寝釈迦仏像を見て、『アート』の世界に浸る。眩しい。
仏像自体よりも、細かな装飾を施された土台部分や柱、壁画に目が釘付けに。

外の奥の方にある庭は観光客もほとんどおらず
敷地内の小学校に通う子だろうか、小学生ぐらいの男の子が木登りをしたり高い所からジャンプをして競ったり
僧侶の姿(学校では先生という立場)が見えると少し大人しくなって真顔で静かになったり
地元のおじさんだろうか、イスに腰掛けながらウトウト居眠り

タイのslow lifeが肌で感じられて
日頃の日本での忙しさを忘れられて
ゆっくり心地よく生きている感じを味わえた。

372km

WAT POOからカオサンまでは、チャオプラヤ川の船で上がる。
ローカルな雰囲気でいっぱいの船はかなりのスピードで
コーヒー牛乳のような色をした、蓮が浮かぶ大きな川を走る

明らかに船用ではないだろうエンジンを積み
見るからに悪そうな黒い排気ガスを吐きながら走る船は
旅人にとっても、地元の人たちにとっても
一般的で日常的な交通手段の一つなんだと思う
いくつかのルート(船着き場による)があって
どのルートかを見分けるのは
船についているボロボロになった旗の色を良く見て判断しないと
船はすぐに行ってしまう

鮮やかなオレンジ色の布を纏った若い僧侶が観光客に押しつぶされそうになりながら船を降りてきた

sounds night

朝ご飯はほとんど屋台で、20B(卵を入れると25B)のパッタイやSpring Roll(春巻きのようなもの)で安く済ませていたから
夜は時々、きちんとしたお皿で出て来るお店で食べたりする。どちらかというと屋台の方が好きだけれど。

タイの夜は音がある。
この日の夜、ゆるいオレンジ色の照明と
生温い風と
ジメっとした空気の中で
メロウな曲が流れ続けた。
2人の男性がギターを弾きゆったりとした音でライブ。タイに居るのにちょっとだけこの時間だけはどの国にいるのか分からなくなる感覚。

メニューの一部は外に設置された厨房で作られる
ビッシリとある食材の中から、シェフであるおばちゃん達が手づかみで(目分量だろう)材料を揃え、手際良く調理していく。
おばちゃん達はニコニコ笑いながら、時々ゲラゲラ大きな声で笑いながら調理する。

そして、しっかり自分たちもご飯を食べていた。
が、それが結構頻繁に食べていた...

舗装はしない国

バンコクからバスでカンボジア、Siem Reapまで1人1300B。
ビザの無い私たちにとって(それも写真すら持っていなかった)、国境ですぐに発行してもらえるのならこの価格は安かったのかも。(どういうルートでビザが発行されるのか…)
バンコク8時発、シェムリアプに着いたのは夜の9時過ぎ。

国境でカンボジアへの入国審査を終え、歩いて乗り換えのバスを待つ事約1時間
突然のスコール(というか止まなかったが…)。
小さな子供たちがパラソルのように大きな傘を持って素足で走ってくる
旅人に傘を差してお金をもらっている子たち。
ずぶ濡れになりながら、大きな目を一層大きくしながら、誰かに傘を差せないか必死だった。
5歳くらいの男の子がまだ小さな赤ちゃんを片手で抱きながら、もう片方の手で施しを求める。
お隣の国タイでは見られなかった事がカンボジアに入ってしばらく続いた。

約束とは違う事が起こるたびに少し不安になり
けれど各国から集まったバックパッカーの不思議な団結力で無事SiemReapに着く。
ただ、国境から街までの道は、どこも舗装されておらず
ましてや雨水を含み粘度が高くなった赤土のおかげで
周りのバイクはタイヤに土がつまり動かなくなり、車の窓もすぐに茶褐色になってしまう。
ウォッシャー液代わりの水を何度も補充する。
道に穴がボコボコ開いているから車が上下左右に大きく揺れる。
一緒に車に乗っていたオーストラリアのおじさんとイギリスから来ていた(60歳くらいだろうか)おばあちゃん。始めはみんな"woooow"などと言って笑っていたがそのうちみんな無言になっていった。
カンボジアではガソリンをペットボトルに入れて露店で売っているのだけれど、どれも色の濃さが区々。水で薄めているんだろうか。

「なぜ、この道路を舗装しないのか?」

男の人が言っていた。
「道路を舗装すると、陸路で移動する人が多くなってしまう。そうすると空路を利用する人が減ってしまうから。」

なるほど。思わず苦笑い。

大きな都市

"Angkor Thom"

「アンコール」とはサンスクリット語のナガラ(都市)から出た言葉。 「トム」とはクメール語で"大きい"という意。

世界遺産『アンコール遺跡群』は、今のカンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡。そのうちこの"Angkor Thom"は12世紀後半に建設され、アンコールワット寺院の北に位置する城砦都市遺跡だそう。
(という歴史は日本に帰ってきてから調べた。)

細かな部分までレリーフが施されていて、5つある門の上には四面像が掘られていた。1day pass(20ドルもする)ではもちろん1カ所をゆっくり見ていられない。ゲストハウスで頼んだDateのバイタク(彼は本当に良い青年だった)に乗って、次から次へと遺跡を巡った。

後でまとめるかもしれないけれど、「カンボジアに行った」ことよりも「カンボジアから帰ってきて」ということが後々、私自身を凄く考えさせた。
カンボジアの歴史を知らずに、『世界遺産であるアンコール遺跡群を有するカンボジア』としか見ていなかった自分がすごく恥ずかしくなった。

大自然の時計

アンコール遺跡群の中で2番目に見たかった"Ta Prohm"という遺跡

崩れた建物自体の美しさや虚しさはもちろん、自然の強さが視覚で入ってくる。
元々はジャングルで そこに人間の手が加えられ
栄えた時代があり けれど時が流れて人が消え
屋根に落ちたガジュマルの実が根を張り 落ち葉を栄養に成長し
根は徐々に下へのび やがて人々の形跡がガジュマルの大木に包まれ飲み込まれ
そして再び元のジャングルへと還っていく。

巨大な都が遺跡となるまで ガジュマルが全て見てきていて
修復予定のないこの遺跡はいずれ 大きく根を張るガジュマルの樹の中に消えて行く

800年以上もの時。
この間に動いた大自然の時計に比べて 1人の人間がこの地上で動かす時計は本当にわずか。
覚悟はしていたけれどあまりにも自分が小さくて
思わず空を見上げてしまった。

hana iro

実家に帰ると一番最初に目に入るのが お母さんの庭

昔から花の名前覚えるのが苦手で 妹に教えられる。「これはゼラニウムだよ。これは…」
自然から少し離れた場所に引っ越して 時々息苦しくなって
家族のいる自然の中の家に帰るだけで やっと呼吸ができるーって感じる。
興味がない訳じゃないんだけれど、小さな花は直接目で見るよりも
カメラのファインダーを自分で覗いてポイントを絞って見つめてみた方が 脳みそに焼き付きやすい気がする。

暖かい季節は庭がにぎやかになり 寒い冬は家の中がミドリでいっぱいになり賑わう
今年もリビングの窓の前には お母さんの緑でいっぱいになるんだろうな。

ところで、この花は何ていう名前?

※後日、momから「マネッチアと言います」と連絡あり。ほほう。

国旗に映される意味

Cambodiaと言えばアンコール・ワット(Angkor Wat)、世界遺産。

恥ずかしながら歴史という知識が薄い状態で見にいったけれど
アンコール="王都"という名前だけに、寺院自体の規模も巨大であった。
修復が本格的に始まっており、一部にはビニールシートが建物を覆っていたので外観は少し損ねていた。
私たちは1day passを買ったけれど、3days passを買うと朝日をバックに綺麗なアンコールワットのシルエットが見えるみたいで
それを見られなかったのが残念。

ここアンコール遺跡群は、それぞれの遺跡にカンボジアの国旗の隣に
どの国が(修復)支援しているのかを国旗で表記している看板が立てられている。
もちろんこのアンコール・ワットは日本の国旗が記されていた。

観光客の多さと、熱帯の暑さに体が疲れを覚えてきて
アンコール・ワットを目の前に木陰で休憩。
馬が放されていてムシャムシャと食事中
飼い主だろうか、男の子がニコニコして近寄ってきて「触っていいよ」とジェスチャーする
しばらく馬を挟んで 男の子と笑顔のキャッチボールが続く
それだけなのに なんだか温かい気持ちになって。

帰る時、彼と彼のお父さんが小さな建物の中から手を振って見送ってくれた
笑顔が 心が 温かかった

石段

アンコール・ワットの中へ進むと、修復作業があるためか
奥まったスペースに人が少なくシーンとしたところがあった

ワットの塔が一部立ち入り禁止になっていたけれど 少し外れたところに登れる場所を発見
よく見上げると オレンジ色の布を纏った僧が1人、座っていた。

あの場所へ行くのには 急な石の階段を登らなくてはいけない
ビーチサンダルを脱いで手に持ち、ゆっくり登る
下を向いたり 変な方向へ体を向けた瞬間、落ちて行ってしまいそう
辿り着いた塔の上は 何とも言葉に出来ない空気でいっぱいだった 壮大だった

この場所が高い場所だからじゃない
何かを見下ろしているからじゃない

思わず目をつぶってしまいそうな そんな空気

またゆっくり降りていった後、どこの国から来たんだろう
ヨーロッパ系のおばさんが「私には登れないわ、見ていて怖いもの」って。

「おばさん、高い所が好きな私でも やっぱりちょっと怖かったよ。」

恥ずかしい日本人

「タイに行ってくるね。もしかしたらカンボジアにも行くかもしれない。けどまだ分からないや。したっけ、行ってきます!」

旅に出る時 お母さんが「何も知りませんでした、っていう恥ずかしい日本人にならないでね。気をつけて行ってらっしゃい」と言葉をかけてくれたのを帰ってから思い出した。

犯罪めいたことや拉致のような目に見える事件に巻き込まれはしなかったけれど
違う意味で私は恥ずかしい日本人だったって思った。
カンボジアのこれまでの歴史を何も知らずに ただ遺跡の写真と思い出を持ち帰っただけ。
ベトナム戦争がカンボジアに与えた影響、ポルポト政権、内戦…
これが何百年も前のことではなく、ついこないだのことであること、その長い悪夢の中を経験してきた大人、子供が今この国で生活していること。
何も知らずに私はあの地を歩いていたんだと。
勿論、カンボジアに行ったから、そして色々調べるきっかけになったから カンボジアのことを少し知ることができたんだと思う。想像、そして知った事以上に深い深い歴史なんだと思うけれども。

日本に帰ってきてから実家に帰った日、たまたま遊びにきていた母の知り合いのデボラさんを交えて、お母さんと3人でカンボジアについて話をしていた。
話を聞けば聞くほど 何も知らなかった自分が恥ずかしくて
同時に次カンボジアに行く時があったらきっと 今度は違う気持ちで違う目で『カンボジア』という国を見てこようと思った。

local

CambodiaからThailandに戻り、再びあのカオサンで宿を取る。
次の日、ファラポーン駅からAyuttaya行きの列車に乗り込み1時間半ほど揺られて田舎を目指す。
1人15Bの3等車両は、地元の人や外国からの旅行者が何人かいたけれど 古い車両だからだろうか 何だか自分までローカルな気がしてくる 不思議。
ゆったりとしたこの地のslow lifeな空気を感じるからなのかな 列車のスピードのように、感じる空気はとってもメロウだった。

バンコクからアユタヤに向かう窓の外をずーっと眺めていると
だんだんと湿地が多くなって バンコクでは見なかった水鳥が多く見えるようになってきて ちょっと北上するだけでこんなにも景色が変わるんかと
タイは面白い。

アユタヤに着いて渡し船に乗って向こう岸へ。
今夜の宿はTONY'S HOUSEというGHで一部屋200B。バンコクだともっと高くつきそうな雰囲気の良い宿だけどここはアユタヤ。

お湯の出るシャワーで体の汚れを落とせることに幸せ感じたトリップ。
これまで使わなかったスポンジを使って、初めて体をきちんと洗った日。
体はかなり…汚れていた…。

さくら

地に足がつく
っていうのはどういうことなのか 最近ちょっと考える。ついでに…
手に職つける
っていうのもどういうことなのか 最近少し考える。

moth

この前、音が欲しくて 知人が出店するイベント"音道楽"があるということで厚真ダムへ土砂降りの雨の中 車を走らせた。
途中の道は街灯は一つもなく 自分の車のライトだけで真っ暗闇の中を走り続ける
小さなカエルが何十匹いたんだろ ピョンピョン道路のど真ん中を横断していた

雨天決行のAUTUMN SOUNDS CAMP soundsystem tantra presents、音を聞く。
雨のバシバシっていう音と  ブースの音が  自然の中でコラボちっくになってて
スクリーンの不思議な映像ボケーっと見てたら
危ない、危ない、どっか頭が飛んでいきそうになって …アツアツのチャイを飲んだ。

友人のお店に大きなmothを発見 キレイでカッコイイ『ガ』だった
それも超巨大で子供の手のひらより大きい  置物みたいだった
作り物みたいに動かない、「動じないモスラ」って感じのオーラ。
照明を揺らしても動じない、「しぶといモスラ」って感じのオーラ。
みんな虫たちが明るい灯りの所に集まってくる、どんどん
暗いところよりも明るいところの方が心地よいって知ってるんだ、寒いところより温かい光のあるところの方が安らぐって分かってるからなんだな、きっと

私もそんなmothみたくなりたいと思った時。

gecko

旅をしていてもう一つ、私をドキドキワクワクさせたもの、それがヤモリ。

基本的に生きているものに触れたり見たりすることが好き
「虫で苦手なものは?」と聞かれて思い出せるのは"カメムシ"、"ハサミムシ"、"ゴキブリ"、"刺すハチ"…ぐらいな気がする。臭いのと痛いのが怖い。

昔、家族で近くの川へ遊びに行く度にカナヘビを見つけたり そしてそれを家で飼ったりしたのを思い出した。他にも小さいときからお姉ちゃんたちと色んな虫やサンショウウオのタマゴやカエルのタマゴを持ち帰ってきたり。ザリガニやドジョウも飼ってたっけ。お母さんをビックリさせたことも多々あり。。。
そんな自然に触れながら(自由に外を走らせてくれたり、そういう環境を作ってくれたお母さん、ありがと。)育ったものだから 普通の女の子が嫌がる虫系は私にとって目を輝かせる友達みたいなもの。

タイの安宿の階段でヤモリを初めて発見、カンボジアの宿の部屋に泊まった時、部屋に備わっていたトイレ・シャワールームにてヤモリを2匹発見。このヤモリたちは私がシャワーを浴びてる時に壁をチョロチョロ走り回っていた、触ろうとするともの凄いスピードでヒュルヒュルと天井に行ってしまう。日本のヤモリよりも素早い気がする。
この写真はアユタヤの宿に夜、部屋の窓に張り付いていたヤモリ。シルエットで見るとちょっと雰囲気が変わる。神様は実に色々な生き物を創られたもんだなと思う。

飽きっぽい私が色々な生き物に遭遇しワクワクドキドキするように…?
次行く国ではどんな生き物に出会えるかな。

Myanma

一昨日の夜、母と電話をしていた会話の中でミャンマーのことが出てきた かなり緊迫している状況だ、と。

その次の日の夜、仕事から帰ってきてテレビのニュースを見た瞬間に目に飛び込んできたデモ映像。続いて日本人ジャーナリストが被害に合い死亡とのこと。
映像ジャーナリスト、写真ジャーナリストの人たちをちょっと特別な目で見ている私にとってかなり衝撃的だった。
ついこないだカンボジアの歴史に触れていたばかりに、この辺りの国の状況がどんなんであるかを改めて思い知った。私なんかがあーだこーだと言える立場では全くないけれど 経済も統制されて自由も制限される密告社会の中で、ミャンマーの国のひとたちができる精一杯の抗議行動だったんだということだけ分かる気がする。それに対して更に銃を備えての軍制圧はどうなんだろうと思う。

私の勝手な計画で、こないだの旅の途中「カンボジアに行けなかったらミャンマーでも行ってみたいな〜」なんて軽い考えを持っていた。この時点で既にミャンマーは燃料価格上昇に伴って、ヤンゴンだけではなくマンダレーの方でも危ない空気はあったはず。
計画を持たずに旅することが計画であるバックパックの旅も、それはそれで勿論意味はあるかもしれないけれど 少なくとも自分の国以外の場所へ行くということはそれだけのその時、その場所にある情報をしっかりと持っていなくてはいけないんだ とこの事件から教えてもらえた。

過信しないように。

また、亡くなられた長井さんの遺族の方たちに平安が与えられますように。

breath

人も生き物だから 呼吸をする 人だって生き物だから

部屋の空気が悪くなったら 窓をあけて換気して 新しい風を送り込むでしょ

人だって心の空気が濁ったら 心の窓をあけて換気して 新しい風を送り込むでしょ

そうしたら 色んなモノがハッキリと見えるようになってくるでしょ

2007年10月02日

虹色chaos vol.3

【虹色chaos concept】

"芸術の秋"ということで、素敵なアートイベントが今週末の連休であります。

アウ・クル(元豊水小学校跡地)札幌市中央区南8条西2丁目で開催
私はスタッフとして参加させてもらいます。
昨日夜、YONEX(道産子同士)と話していた中で「北海道はこれからだからね。」っていう会話がありました。色んな意味でその通りだと。
東京などの大都市はもちろん、色々と新しいモノが生まれて溢れてそれによってinspiredされる事が多い面で面白い街だと思う。美術展にしても、札幌で観られない作品が東京では観られたりと羨ましい面もあるし。

北海道、札幌という場所で、ここでしか出来ない事やここだから出来る事 沢山あると思う。
ここに生きる人だから表現できること たくさんあると思う。
この場所を愛する人たちだから伝えられること 沢山あると思う。

色んなイベントがある中で名前だけが売れるイベントよりも 巷で、そしてその地に根付いて内容から生まれるイベントが 多くの繋がりを残していくんだろうなと感じる。
yoshiも言っていたけれどこのイベントはKEEPコンセプトと似ているところがあると思う。

私は制作活動がカメさんで数がないのと、間に合わなかった…という言い訳で今回は出品しませんが、多くのアーティストと触れ合えることが凄く楽しみ。
沢山の刺激をもらってきます。

2007年10月03日

cloudy, later fair

「曇りのち晴れ。

曇ったり雨降ったりもいいこと
だからバランスがとれるってことになるんだろう」

世界中の小さな子供たちの笑顔を本の中から見ていてハッとした
心の何かグニャリとしたものに触れられた
カンボジア国境で出会った1人の男の子の顔を思い出した
バス待ちの私たち2人に近づいて来た小さな男の子
顔中に落書きして青っ鼻垂らした目の大きな男の子
手にしたビニール袋から拾い集めたものや貰ったものを見せてくれた
空き缶、トランプカード、小袋に入ったチキン、ラップされたお米…
チキンを手にとって自慢げに「食べなよ」と口の前に差し出してきた お腹が空いてたのが分かったんだろうか。
「いいから君が食べなよ」
「ほら、食べてよー」ニコニコしながら食べさせようとする
食べさせてもらうと彼は様子を伺いながらもニタニターっと笑う
楽しくなったのか今度はお米を摘んで「こっちも食べる?」と差し出す
おやつではないだろう、夕食だったのかな それとも家族へのご飯だったのかな
「君が食べて」とその彼の手を彼の口の前に持っていくと 彼はニコッと笑って美味しそうにそれを食べた
バックパッカーなどの観光客から飲み終わった空き缶をもらう姿は真剣だったのに
その表情が生むのか 決して裕福ではないだろう彼のキラキラした笑顔がずっと残ってる

時々 笑い方を忘れそうになりかけると 彼の嘘のない笑顔を思い出して
また会いたいなって思う


2007年10月04日

【青】iro

アユタヤの空は青かった 会話一つ一つが心に温かかった

今夜キャンバスに落とす色は【青】 と決めた


日本へ帰る前の日、ファラポーン駅からLumphini(ルンピニー駅)でメトロを降り ナイトマーケットへ行った
この旅の間、一度もお腹を壊す事なく 体調も守られてきていたこの最後の最後
服を選んでいるYの側で だんだんと気分が悪くなった
空腹にプラス メトロの異常な冷房と外気のムッとした暑い空気に体が対応しきれなかったんだろう
胃液が口いっぱいに溜まってくる

「やばいです、トイレ行きます」

トイレ掃除中のおかげで水浸しのトイレに顔を埋めること約1分 悪いものが全て出て行って
すっきり、完全回復

宿で歯を磨く時、うがいをする時、顔を洗う時
いつも水道水をそのまま使っていたのに
不安だったお腹は意外に丈夫で 予想もしてなかった胃がやられた

最近出来たというメトロなだけあって確かに空調はきっちり整備されている
が、
少しやりすぎだろう…
北海道の真冬、裸で外に投げ出されるようなものと同じだ…

2007年10月05日

イサム・ノグチ

東京からきたmasa、やっちゃん とモエレ沼へ行った。
最後に行ったのはちょうど1年前だったような気がする。

札幌中心部はカンボジアを思い出させてくれるような大雨
北へ北へ向かうと少しずつ晴れ間が見えて モエレ沼公園は雨が過ぎ去った後で大きな虹が2本掛かっていた

【モエレ沼公園】
イサム・ノグチ。
何度見ても独特なラインが面白さを感じさせてくれる
私が初めて彼の作品に出会ったのが16歳、通っていたSSTA(Sapporo School of The Arts)の隣にある芸術の森で「あかり」の展示がされていた時

彼の作る色が好き
彼が作った空間の空気がすごく好き
一枚の平面の上でペンをザッザッと振り回して作られた複数の直線が交差して
面白い角度が作られ 様々な図形が生まれて 中には交じることのない独立した線の終わりがあって そんな時に感じるような面白さを 今日感じた

写真(左)は、売店の壁
真っ赤に近いオレンジ色の熱い色だった

iRaq poster

サーファーでありカメラマンの知人が興味深いことを話してくれた。


【Kelly Slater / surf board】このKellyが持っている板のボトムに描かれたグラフィック、iPod CMでおなじみのアーティストが中近東での平和を呼びかけるために制作したものらしい。
Kellyのライディングは私もDVDなどで見ていて知っていた

知人の言葉を借りると「ケリーは語る事はしないが、 このイラストで、今世界で起っている事を 見る人に少しでも意識して頂ければ と言う事でこの板で世界ツアーを廻っている。」
チャンプだからこそ出来る新しい試みというかテーマ。

プロロングボーダーの木下デイビッドも「サーファーから始まる」と言っていた。
青森の六ヶ所についての署名活動も サーファー繋がりから始まって今、私の手元に約80人分の署名が集まってる。沢山の友達やその家族から「署名したい」と連絡をもらった。
知人のお店を通じてもサーファーやスノーボーダーが日本の海を守るために署名してくれた。

「自分にしか与えられていない事、モノ。自分だから出来る事。に気付いて それを伝え続けること」
これはとても難しいことだけれど とても大切なこと だろう

自然環境や地球について
サーファー"として" というよりも サーファー"だから" やっていこうと決めた

2007年10月06日

KOH-TAO LIVE “HEARTLAND” EZO TOUR '07


【KOH-TAO official site】


虹色chaosのイベントを抜けてKOH-TAO LIVEへ向かった
BUNの奏でるカリンバ HARISHの奏でるモナケバ 心地よかった
BUNさんが言ってた
「カリンバは奏でる人の思いや気持ちを吸収する。そしてその音を聞く人の心や体に響く 届く音で伝える」と。
ヒマラヤを越える渡り鳥のイメージやオーロラの静かさとは対象の弾けた情景も
目の前で聞いていて目をつぶれば 思わず口を開けてしまうぐらいに広がってくる
生の音はやっぱり良い

今回のライブは道南を中心に全国で活動する"N'DANA"とのジョイントライブ
彼らのリズムは頭の中に溜まりやすい 体がトントントントン 自然にリズムを吸収してしまった
N'DANAの単独ライブは始めの20分、3曲のみ
彼ら自身も言っていたけれど やっぱりちょっと短かった、もう少しリズム刻んでいたかった

最後の4人でのジョイント。たったの1曲だけだったけれど 色んな文化の音が混じり合って 言葉では書けないリズムに サウンドに なっていた

ライブの一部は観ている人を拘束する 観客は椅子や地べたに座り 演奏者や歌手の歌や音を受け取るだけ 一方的なもので終わったりすることがある
でも今日の音は床に座る私らや後ろで立っている人たちの空間と KOH-TAOやN'DANAの作り出す音が キレイに合体して 空気のキャッチボールをしていた
すごく気持ちのいいライブだった
KOH-TAOは明日は白老でキャンプライブをする。火を焚いて。雨が降るかも知れないけれど きっと良い音が響くんだろうなって思った。


2007年10月08日

虹色chaos vol.3 DAY2


【イベント写真】※ほんの一部分

【虹色chaos テレビ放映 】※昨日STVで取材され流された。
【虹色chaos】

今日でイベントの2日目が、無事終了
この1日で久しぶりに体が動いてリズムに乗って踊って沢山の汗が流れた
昨日は170人近くのお客さん、今日は約270人のお客さんが来てくれた
何が嬉しいかって このイベントには職業も年齢も健康も…全く関係なく色々な人が来て そして楽しんでいってくれる それだけ。
赤ちゃんも子供もおじいちゃんも杖ついたおばあちゃんも そして札幌以外の場所からも
みんながみんなを見に来てくれる イベントをやっていて何よりも嬉しいこと
そこで出会いが生まれて コミュニケーションが生まれて 刺激が生まれて 発見が生まれて これから繋がり続けていく
寒い札幌の中で アウ・クルの体育館は温かかった。

パフォーマンスも充実したプログラム。バレエ教室のかわいい女の子たちのダンスから始まり色々なジャンルの人たちが表現していく。(どれだけ枠の無いartなのか少し想像出来るかも知れないので長いですがアーティスト載せます。本当に様々な形です。)

【ライブパフォーマー】
メガネプロ(映像・音・パフォーマンス)日曜
THE GYPS (ピアノ+MPC&ドラム)月曜
RIE(バイオリン)
ちのはて+平柳麻里子(テルミン+トランペット他+ダンス)土曜
和太鼓KAKIJIMA(和太鼓)土曜
渡部倫子(コンテンポラリーダンス)
男鎌田真吾(歌・ダンス)日曜
PEACH ORANGE(ベリーダンス)
Baronzu(ダンス)
estrajill(ボーカル+アコースティック)日曜
発見洞プロジェクト(映像・音・パフォーマンス)日曜
VOLTEX(ライブペイント)
チQ(ライブペイント)
Lakers(キッズヒップホップダンス)土曜
天愚−あしるぱ+猫八匹(花と舞)月曜
櫻嵐-saran.-(日舞パフォーマンス)土曜
ティレ(アフリカンパーカッション・アフリカンダンス)日曜


【展示アーティスト】
sali(絵画)
manic peco(デコ)
山下 敦子(造形)
米森 ヒデキ(絵画)
音色(写真+グラフィック)
ゆうがん(墨絵)
あしるぱ(迷路)
checkyaan(造形)
いがわ(鉛筆画)
木村 真美 (ろうそく)
shika(写真)
本間 康恵(写真)
本夛 勇紀(写真+ドローイング転写)
黒岩 絵里子(絵画)
画描屋ナギさん(ライブペインティング)
yama*megu(絵画)
斎藤 文子(版画)
まるやしのぶ (絵本/イラスト)
キミタ ヒロコ(絵画)
工房mezza luna(シルバーアクセサリー)全日Tb
柏倉一統(表現主義者)
喜多 洋子(写真)全日
LINO(絵画)
FONE'S mono project(写真)全日
Keiko Kawano (写真)
竹下 正剛(写真)
あや(ファッション)ブランド名:Hyeu(イウ)全日
愛楓(書+)
辻本 ふさえ(水彩画。天然石アクセサリー)土日
神崎剣抄 (絵画)
今島花恵×横山亜希(空間)
MASAHIRO 3.84 PROJECT(写真)日月
tommy(油彩)
紅露 周平(グラフィックデザイン中心)

【物販アーティスト】
Atelier lu-man-na(アクセサリー)土
いまっち(マッサージ)
Tarot YUKI(タロット占い)
ma-co(ボールペン画、アクリル画)
atu(シルバーアクセサリー)日、月
吉井見知子 (絵画、ポストカード)
MARiposa(天然石アクセサリー)全日
NOZOMI WATANABE(漆芸)
はんこや コロリエ(消しゴムはんこ・缶バッチ・ポストカード)全日
YOSHIKI(ナチュラルスピリット?アート限定難しいですアクセ、雑貨等)全日
Atelier chamomile yuki's(アクセサリー)全日
yuki(アクセサリー・小物)
tao-太陽-(ありがとうアート)全日
nekomegane(木のガラクタおもちゃ)土日
Vachi(ガラスアクセサリー)日月
sayap(アクセサリー)日
AMBLSIDE 荒井祥子(シュガークラフト)土日tbc
YAya(ストラップ、アクセサリー、ポストカード)土日
さきおりており智(織物)


【参加団体・イベント】
ドラムサークル
手作り雑貨市場copan
Bluesla
EL MANGO 月曜
WORDS... 土曜
上原由美子バレエ教室 日曜
AINU ART PROJECT 月曜


これだけのジャンルでみんなが集まり一つのイベントを作り上げていく
友達も参加していたりと、高専祭を思い出すイベントだった

今日は"ティレ"という友達の叩くジェンベなどのアフリカンパーカッション&ダンスがあり、スタッフでありながらずーっと踊り続けた 体が止まらなかった リズムが止まらなかった
最後のパフォーマンス、参加型ドラムサークルの会場のみんなが用意されたドラムなどでリズム刻む時も アフリカンの血が騒いで(?)汗かくまで踊った
(そういえばmomも私が小さい時によく踊る子だったって言ってたっけ。。。)

今日は高専時代の友達が来てくれて 帰る時言ってた。「とんでもなく不器用でバカな自分は、実は一番の武器で、それをプライドなんかで覆っていたわ!今日あの横揺れおじさん見て思った、カッケーって。」※横揺れおじさん=出演者の人
自分に自信があるから イベントに出て自己表現しているんじゃないと思う。何かしら人に"伝えたい"って思う何かがあるから それをその人なりに表現しているだけなんだと思う。
人それぞれ伝え方は異なるけれど どれもきちんとしたway of communication。自分らしさで良いと思う。全てを受け入れなくちゃいけないこと ないと思う。
来た時よりも表情が明るくなった友達を見てすごく嬉しかった。伝わってきたから。

新しいことを沢山 刺激として 経験として 知識として 出会いとして 与えてくれてる今回のイベントも明日で終了
また新たな札幌に繋がることを期待して。

rhythm


イベント終了しました、ちょっとクタクタになりかけました。
スタッフとして動くよりも…踊ってクタクタになりました。。。笑
(ちょっと日記的な感じになりそう。)

昨日はアフリカンパーカッションに合わせて踊りまくり、今日はトップバッターのラテンダンスで心臓が破裂するほど踊りまくり、その後のアイヌart projectの人たちの曲で思わず体が我慢出来ずに前に出て踊ってしまい(アイヌの踊りもマネてみました)…ラストのドラムサークルで「今日は最後なので前の方をフリースペースにします!踊りたい人は前でどうぞ!」っていう声で大好きなダンサーたちが円の中に出て行って太鼓やジェンベのおもちゃみたいのを叩くみんなに取り囲まれる。
私もジェンベ(もどき)を両足に挟みながら踊りながらダンサーの中で叩く。会場が一つになる時、音も表情も一つになってく、すごく気持ちよかった。足の裏が地面を跳ねすぎたのかちょっと痛くなりました…。
いまっち(サーファー)のマッサージ、昨日は肩で今日はお尻から背中にかけてをやったんだけれど痛くて痛くて気持ちよかった。感性が集まるイベントは色んなモノがぶつかり合って理解しあって吸収し合うから話をしていても目がキラキラになってくる。
多くの人たちに出会えて感謝でした。コップンカー!

今日一日の終わりに、友人artist、Taoの言葉思い出しました、ふと。

"誰も、怒ったりしながら「ありがとう」って文字を書かない。"

彼女はキャンバスに 一人一人に「ありがとう」というステキな言葉を書いていってもらい、それを一つのアート(ありがとうアート)として作品を残している。とても大切な友達。そういう彼女自身もいつもニコニコしてみんなを元気にさせてくれる。「ありがとうって、すごく大きなパワーを持っていて。ありがとうの無限ループを。」

私も「ありがとう」を伝えたい人が沢山います。笑顔でありがとうを言いたいです。「ありがとう」って言う旅に出ようかな。。。

※写真はイベントの主催者でもある"たく"のダンスです。踊りながら体に花を生けていきます。私の周りは本当にナイスな人で沢山。


2007年10月10日

味噌作りとお母さん

先月末 実家に帰った時
お母さんとの自家製味噌作り。 一番大変なところはお母さんが1人でやっていて
私は丸い丸い団子状にする作業から
中の空気を抜きながらペンペンと叩いて丸を作る 意外に難しいのね…
更にバケツの中にそれを投げ込んでいくのだけれど…
私、足癖悪いのでは自信があったんだけれど 手はどうもコントロール効かなくて…

せっかく作った団子を床のフローリングに向かって思いっきり投げつけました。。。
大豆ボーン、麹パーンです。お母さん、呆れたよね、ごめんね、でも怒らないでくれてありがとう。昔から変わらずのドジ娘、三女だね。

今になって思う。
もっと実家にいた時、お母さんと一緒に台所に立てば良かったなって
色々なことを吸収するべきだったなって
もちろん一緒に料理することも お手伝いすることもあったけれど
家に居る事がほとんど無かったのと自分の事しか見れないフリしたりして。
でも逆に今、時々家族の所へ帰ると 少しの時間も貴重に感じて 大切にしたいなって、大切にしようって 思う。
忙しさや遊びで家族との時間を削ってしまったりするけれど でも帰る場所があるってこと、本当に恵みだと感じる。
大好きなお母さん、お姉ちゃんたち、そしてめんこい妹。歳を重ねるごとに強くなる家族への思い。本当に大切です。四姉妹であることが自慢なんじゃなくて この四人が姉妹であることが自慢なんだなって最近気付いて。
昔、妹がmomに「1人でも2人でも3人でもなくて、4人産んでくれてありがとう」って言っていたけれど本当にその通りだ。自慢のmomです。最近連絡していなくてごめんね、近々帰ります。みんなで食べる美味しいご飯、楽しみにしてます。

自家製味噌は3ヶ月後に"返し"をして更に3ヶ月後、完成。
来年も 仕事から帰ってきてお母さんの味噌でみそ汁を作って暖まれるの 楽しみ。


2007年10月14日

多音色

Three Little Birds 3羽の小鳥 〜和 輪 環 つながる人と音と人〜 (details)

昨日はEDiTでルーツレゲエのeventがありました。Bobを6年間取り続けた北海道出身の菅原光博さんを迎えたスライドショーもあり、滅多に見る事のできない貴重なライブの写真を 最初で最後の日本でのLiveのCDを流しながらスライドとトーク。
あと今回はNGO ezorockがリサイクル容器を札幌市から用意してくれて小さく大きなecoでした。
みんなでThree little birdsを歌い、そしてまた 友達の出てる"ポコポンズfromしたっけ"のジェンベのリズムで踊ってしまい。また友達も来てくれて楽しい時間でした。


夜はこれまた内輪っぽいtechno party @PROVOに。友達沢山でした。
私の大好きなCandle JUNEの大きなキャンドルの灯りに照らされて、live paintingも形を変えながら一枚、また一枚…と完成していく。
自分の個展の時、彼のキャンドルでスペースをいっぱいにしたいなぁ…と夢見てたり。
冬に。外は雪、キャンドルの灯りで視覚からポカポカと。夢見てます。


先の事ですが今から楽しみなNoismの公演。
11月17日に教育文化会館であります。
チケットすぐ完売してしまうみたいで…でも取れて良かった。楽しみ。

結局昨日一日でレゲエ、アフリカン、ハウス、R&B、テクノ、クラシカルの音が次から次へと。
所々疲れました。
久々にピアノ弾きたくなりました。


2007年10月18日

count my memories


ゆっくり、思い出と恵みとありがとうを もう一度数え直すことにしました。

今何かが動き出そうとしていたり 色々と1人会議の時間を持つ事が多いけれど
今一度 ゼロから 自分の得て来たものを 数えて覚えてみようかなって思いました。

そうやったらどれだけの恵みを持って自分が今、ここに居るかって
また気付くことが出来るかもしれないって
そう思いました。


※写真はこないだKOH-TAOのliveでセッションしたN'DANAの山北さんと。N'DANAの歌の中で「もったいね〜よ」っていう歌のパートがあるのだけれど、"形や大きさがバラバラの人参を捨ててしまうのか、そりゃもったいね〜よ"という内容の(笑)歌で。
たまたまその日、友達から新鮮なニンジンを貰ったばかりで、そのタイミングの良さビックリ。笑
山北さんもさすがに笑ってました…。

2007年10月23日

伝えること


「伝える」

伝えるという事が
とっても難しいと感じた昨日

伝えるという事が
とっても大切だと感じた今日

伝えるという事が
とっても素敵だと感じる明日

昔から自分の気持ちを上手く言葉にできなくて
そんな自分が大嫌いで
でも、それを受け取ってくれる人がいるから
こうやって周りを見た時に
1人じゃないなって感じるんだろうな
どういう形でも良いんだろうね
歌でも絵でも踊りでも祈りでも
話すために口を与えられている だから
恐れないで声にしようって 決めた

2007年10月28日

夕日




夕日

朝方まで続く今の仕事
3年続けて今になってやっと減って来た無駄な徹夜。
日が昇るのが遅くなった北海道の冬間近の季節、朝日を見るまでofficeに居る事は少なくなるけれど
まだ暗い朝4,5時に帰るのに3〜4時間後にまた会社へ向かう頃は太陽が出ている
いつも不思議な感覚。ちょっと疲れも取れにくい。
久しぶりの土日出勤
黙々と1人だだっ広いオフィスで作業して一休憩。
外見たら近くのテレビ塔もライトアップされてる時間だった 夕日を久しぶりに見た気がした。
実家の方ではもう雪虫も出ているみたい
こっちは街中だからかまだ見てない
雪虫を見てやっと「冬が来るんだ」ってきちんと感じられるんだけれど。

少し不規則になりつつある食生活もろもろ
昼夜逆の人間のリズムが崩れても
月と太陽の自然のサイクル、リズムは 昔から今もずっと
変わっていないんだなー 計り知れない。

2007年10月30日

ポトリ

ポトリ=小さな行動




セヴァン・スズキさんを知っていますか?
当時12歳、リオの地球環境サミットで約6分間のスピーチをした彼女は今は27歳です。
スピーチ映像
印象に残った彼女の言葉、

"losing my future is not like losing an election or few points of stock markets."

"if you don't know how to fix it, please stop breaking it."

このハチドリはマイケル・ニコル・ヤグラナスの絵。

ハチドリキャンペーンのコンセプトは"私は、私にできることをしているだけ"
event detail
コンビニでは全て「いりません」と
買い物バッグでスーパーへ
My箸はお財布と同じぐらい当たり前にバッグの中
こういうことしてるから私は偉いです。
だなんて思ったこと、ない。当たり前じゃん、とも思わない。
ただ出来ることだから しているだけ。周りの人に強制もしない。
ただもし誰かがこういう事を見て共感してくれて 意識してくれたら嬉しいだけ。

たまたま友達が「はちどりのひとしずく」をもとにした歌、「飛べクリキンディ」を演奏して歌うってことで知ったevent。
調べていくと、以前のentryに書いたthree little birdsのeventでも紹介した【ezorock】や、向谷地先生の本で初めて知った【べてるの家】などがsupportしていて驚きと同時に嬉しかった。
※ちょっと話ずれるけれど、べてるの家のTOPの言葉が大好きです。ので紹介します。

苦労を取り戻す
偏見差別大歓迎
利益のないところを大切に
三度の飯よりミーティング
弱さを絆に
それで順調
ありのまま。


明日、共済ホール(札幌市中央区北4西1)で18:30〜

何事も押しつけじゃなくて
自分から求めた時 出来ることを 信じたことを
やり続けて それこそKEEP doing itしていけたら
小さなことって 広がりやすいような気がした。


2007年10月31日

人間味



自信のないことに限って
人と比べて 心に固まりを作りやすくて
心を閉ざして 敵視する

自信があることだって
人と比べて 傲慢になって
変なプライドを持って 鼻を高くする

そういう人間味を 他人から見たり
また自分の中にも 感じる時があるな
同性だと尚更なんだろうか…

心の豊かな人になりたい
誰とも比べることなく 自分を持って
鮮やかな色に 誇りをもって
人を探る 伺うことなく 別っことして
自分のリズムを 崩さないで
心の豊かな人間になりたい

ザラザラじゃなく

サラサラと生きよ


※今描いてる絵が今週中には仕上がりそうなペース。
ゆっくり進んでます。気分屋っぽさ滲み出て。

Profile

- KIHO -
北海道生まれ、札幌市在住。デザイン業界でフリーランスとして働く傍ら表現活動を続けている。

"Life doesn't tell a lie. everyday is nature. my style, my stance."をライフコンセプトに旅をし、絵を描き、写真を撮り、文字を綴り、音を作り出している。

趣味はスノーボード、サーフィン。自然の中で自然に生きる道産子自由人。自分の持つ色と様々な出会いや経験を通して生まれる色を表現する。

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