メイン

trip アーカイブ

2007年10月01日

バックパッカーの中継地

バックパッカーのほとんどがここカオサンストリート(Khaosan road)に集まる。
外国人バックパッカーの"溜まり場"として知られるこの場所で
次の目的地までの情報収集やチケットの購入をする。

バンコクに入って2日目、素敵なおばちゃんの経営するゲストハウスの空室を確認し、窓から通りが見える240バーツの部屋を借りる。
天井には落ちてきそうなファン。
華やかな柄のベッド。トイレとシャワーは共同。

この写真は朝9時前だったせいか人も屋台も少なくて
有名な通りの割には静かだった。
昼頃になって徐々に人が多くなり、トゥクトゥクやメータータクシーの客寄せのしつこい声もにぎやかになってくる。
夜になると外国人の喜びそうなクラブやバーが大きな音楽を夜中まで流し、盛り上がる。
夜中、犬の遠吠えや、一瞬悲鳴かと思うような高い叫び声で驚かされる。

外で、色んな国の人が騒いでる中
宿のおばちゃんと少し会話を楽しみ
ガイドブックと睨めっこで次のプランを練る。

動くアトリエ

バンコクではトゥクトゥクでの移動がメインだった。

よく聞く話で…

トゥクトゥクやタクシーのおじさんが色々と案内してくれると言う。1人10Bという破格な値段で。 それに乗る。「今日が最終日だ」というシルクのお店に連れて行かれる。 「シルクはPRADA製で,それを使ったオリジナルの スーツが4万円」 これを買う人が居るからこの商売が成り立っている。 他には英語(日本語)の上手な人が宝石店の話をしてくる。 「こっちで宝石を買えば関税がかからないので、すごく 安く手に入る。それを日本に持ち帰れば2,3倍の値段で売ることが出来て大儲けが出来る。」と言って石ころを売る。 トゥクトゥクのおじさんたちは、観光客たちを連れていくとガソリンのクーポンがもらえる。

という話を旅に出る前、とあるサイトの旅行記を読んで知った

カオサンからWAT POOへ行くためトゥクトゥク交渉した時、予想通りこの会話になる
タイに来たんだって実感する。
おっちゃん達は「何も買わなくていいんだ。10分だけそのお店に入って、そしてクーポンをもらってきてくれればいいんだ。60Bで乗せるよ。」と必死だった

けど結局、こっちから声をかけた若者ドライバーのトゥクトゥクで60Bで出かけた。
彼は到着するまで、何もしゃべらなかった。

トゥクトゥクは走るアート。
みんなお客さんを得るためにクッションや飾りなど、本当に手の込んだものをつけている。
夜になると古くさいライトが何色にも点灯して
かわいらしい乗り物が一層おもちゃな感じに見えてしまう。
一つ一つ、同じものがない
タイで一番個性的な乗り物ではないかな、と思う。

バンコク最古

カオサンよりトゥクトゥクで10分ほど走ると辿り着くWAT POO(ワット・ポー)。
バンコクでは最古の寺院、タイ古式マッサージの発祥の地として有名な場所。
敷地内にあるマッサージのスクールでライセンスを取得している日本人も多いらしい。

巨大な寝釈迦仏像を見て、『アート』の世界に浸る。眩しい。
仏像自体よりも、細かな装飾を施された土台部分や柱、壁画に目が釘付けに。

外の奥の方にある庭は観光客もほとんどおらず
敷地内の小学校に通う子だろうか、小学生ぐらいの男の子が木登りをしたり高い所からジャンプをして競ったり
僧侶の姿(学校では先生という立場)が見えると少し大人しくなって真顔で静かになったり
地元のおじさんだろうか、イスに腰掛けながらウトウト居眠り

タイのslow lifeが肌で感じられて
日頃の日本での忙しさを忘れられて
ゆっくり心地よく生きている感じを味わえた。

372km

WAT POOからカオサンまでは、チャオプラヤ川の船で上がる。
ローカルな雰囲気でいっぱいの船はかなりのスピードで
コーヒー牛乳のような色をした、蓮が浮かぶ大きな川を走る

明らかに船用ではないだろうエンジンを積み
見るからに悪そうな黒い排気ガスを吐きながら走る船は
旅人にとっても、地元の人たちにとっても
一般的で日常的な交通手段の一つなんだと思う
いくつかのルート(船着き場による)があって
どのルートかを見分けるのは
船についているボロボロになった旗の色を良く見て判断しないと
船はすぐに行ってしまう

鮮やかなオレンジ色の布を纏った若い僧侶が観光客に押しつぶされそうになりながら船を降りてきた

sounds night

朝ご飯はほとんど屋台で、20B(卵を入れると25B)のパッタイやSpring Roll(春巻きのようなもの)で安く済ませていたから
夜は時々、きちんとしたお皿で出て来るお店で食べたりする。どちらかというと屋台の方が好きだけれど。

タイの夜は音がある。
この日の夜、ゆるいオレンジ色の照明と
生温い風と
ジメっとした空気の中で
メロウな曲が流れ続けた。
2人の男性がギターを弾きゆったりとした音でライブ。タイに居るのにちょっとだけこの時間だけはどの国にいるのか分からなくなる感覚。

メニューの一部は外に設置された厨房で作られる
ビッシリとある食材の中から、シェフであるおばちゃん達が手づかみで(目分量だろう)材料を揃え、手際良く調理していく。
おばちゃん達はニコニコ笑いながら、時々ゲラゲラ大きな声で笑いながら調理する。

そして、しっかり自分たちもご飯を食べていた。
が、それが結構頻繁に食べていた...

舗装はしない国

バンコクからバスでカンボジア、Siem Reapまで1人1300B。
ビザの無い私たちにとって(それも写真すら持っていなかった)、国境ですぐに発行してもらえるのならこの価格は安かったのかも。(どういうルートでビザが発行されるのか…)
バンコク8時発、シェムリアプに着いたのは夜の9時過ぎ。

国境でカンボジアへの入国審査を終え、歩いて乗り換えのバスを待つ事約1時間
突然のスコール(というか止まなかったが…)。
小さな子供たちがパラソルのように大きな傘を持って素足で走ってくる
旅人に傘を差してお金をもらっている子たち。
ずぶ濡れになりながら、大きな目を一層大きくしながら、誰かに傘を差せないか必死だった。
5歳くらいの男の子がまだ小さな赤ちゃんを片手で抱きながら、もう片方の手で施しを求める。
お隣の国タイでは見られなかった事がカンボジアに入ってしばらく続いた。

約束とは違う事が起こるたびに少し不安になり
けれど各国から集まったバックパッカーの不思議な団結力で無事SiemReapに着く。
ただ、国境から街までの道は、どこも舗装されておらず
ましてや雨水を含み粘度が高くなった赤土のおかげで
周りのバイクはタイヤに土がつまり動かなくなり、車の窓もすぐに茶褐色になってしまう。
ウォッシャー液代わりの水を何度も補充する。
道に穴がボコボコ開いているから車が上下左右に大きく揺れる。
一緒に車に乗っていたオーストラリアのおじさんとイギリスから来ていた(60歳くらいだろうか)おばあちゃん。始めはみんな"woooow"などと言って笑っていたがそのうちみんな無言になっていった。
カンボジアではガソリンをペットボトルに入れて露店で売っているのだけれど、どれも色の濃さが区々。水で薄めているんだろうか。

「なぜ、この道路を舗装しないのか?」

男の人が言っていた。
「道路を舗装すると、陸路で移動する人が多くなってしまう。そうすると空路を利用する人が減ってしまうから。」

なるほど。思わず苦笑い。

大きな都市

"Angkor Thom"

「アンコール」とはサンスクリット語のナガラ(都市)から出た言葉。 「トム」とはクメール語で"大きい"という意。

世界遺産『アンコール遺跡群』は、今のカンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡。そのうちこの"Angkor Thom"は12世紀後半に建設され、アンコールワット寺院の北に位置する城砦都市遺跡だそう。
(という歴史は日本に帰ってきてから調べた。)

細かな部分までレリーフが施されていて、5つある門の上には四面像が掘られていた。1day pass(20ドルもする)ではもちろん1カ所をゆっくり見ていられない。ゲストハウスで頼んだDateのバイタク(彼は本当に良い青年だった)に乗って、次から次へと遺跡を巡った。

後でまとめるかもしれないけれど、「カンボジアに行った」ことよりも「カンボジアから帰ってきて」ということが後々、私自身を凄く考えさせた。
カンボジアの歴史を知らずに、『世界遺産であるアンコール遺跡群を有するカンボジア』としか見ていなかった自分がすごく恥ずかしくなった。

大自然の時計

アンコール遺跡群の中で2番目に見たかった"Ta Prohm"という遺跡

崩れた建物自体の美しさや虚しさはもちろん、自然の強さが視覚で入ってくる。
元々はジャングルで そこに人間の手が加えられ
栄えた時代があり けれど時が流れて人が消え
屋根に落ちたガジュマルの実が根を張り 落ち葉を栄養に成長し
根は徐々に下へのび やがて人々の形跡がガジュマルの大木に包まれ飲み込まれ
そして再び元のジャングルへと還っていく。

巨大な都が遺跡となるまで ガジュマルが全て見てきていて
修復予定のないこの遺跡はいずれ 大きく根を張るガジュマルの樹の中に消えて行く

800年以上もの時。
この間に動いた大自然の時計に比べて 1人の人間がこの地上で動かす時計は本当にわずか。
覚悟はしていたけれどあまりにも自分が小さくて
思わず空を見上げてしまった。

国旗に映される意味

Cambodiaと言えばアンコール・ワット(Angkor Wat)、世界遺産。

恥ずかしながら歴史という知識が薄い状態で見にいったけれど
アンコール="王都"という名前だけに、寺院自体の規模も巨大であった。
修復が本格的に始まっており、一部にはビニールシートが建物を覆っていたので外観は少し損ねていた。
私たちは1day passを買ったけれど、3days passを買うと朝日をバックに綺麗なアンコールワットのシルエットが見えるみたいで
それを見られなかったのが残念。

ここアンコール遺跡群は、それぞれの遺跡にカンボジアの国旗の隣に
どの国が(修復)支援しているのかを国旗で表記している看板が立てられている。
もちろんこのアンコール・ワットは日本の国旗が記されていた。

観光客の多さと、熱帯の暑さに体が疲れを覚えてきて
アンコール・ワットを目の前に木陰で休憩。
馬が放されていてムシャムシャと食事中
飼い主だろうか、男の子がニコニコして近寄ってきて「触っていいよ」とジェスチャーする
しばらく馬を挟んで 男の子と笑顔のキャッチボールが続く
それだけなのに なんだか温かい気持ちになって。

帰る時、彼と彼のお父さんが小さな建物の中から手を振って見送ってくれた
笑顔が 心が 温かかった

石段

アンコール・ワットの中へ進むと、修復作業があるためか
奥まったスペースに人が少なくシーンとしたところがあった

ワットの塔が一部立ち入り禁止になっていたけれど 少し外れたところに登れる場所を発見
よく見上げると オレンジ色の布を纏った僧が1人、座っていた。

あの場所へ行くのには 急な石の階段を登らなくてはいけない
ビーチサンダルを脱いで手に持ち、ゆっくり登る
下を向いたり 変な方向へ体を向けた瞬間、落ちて行ってしまいそう
辿り着いた塔の上は 何とも言葉に出来ない空気でいっぱいだった 壮大だった

この場所が高い場所だからじゃない
何かを見下ろしているからじゃない

思わず目をつぶってしまいそうな そんな空気

またゆっくり降りていった後、どこの国から来たんだろう
ヨーロッパ系のおばさんが「私には登れないわ、見ていて怖いもの」って。

「おばさん、高い所が好きな私でも やっぱりちょっと怖かったよ。」

恥ずかしい日本人

「タイに行ってくるね。もしかしたらカンボジアにも行くかもしれない。けどまだ分からないや。したっけ、行ってきます!」

旅に出る時 お母さんが「何も知りませんでした、っていう恥ずかしい日本人にならないでね。気をつけて行ってらっしゃい」と言葉をかけてくれたのを帰ってから思い出した。

犯罪めいたことや拉致のような目に見える事件に巻き込まれはしなかったけれど
違う意味で私は恥ずかしい日本人だったって思った。
カンボジアのこれまでの歴史を何も知らずに ただ遺跡の写真と思い出を持ち帰っただけ。
ベトナム戦争がカンボジアに与えた影響、ポルポト政権、内戦…
これが何百年も前のことではなく、ついこないだのことであること、その長い悪夢の中を経験してきた大人、子供が今この国で生活していること。
何も知らずに私はあの地を歩いていたんだと。
勿論、カンボジアに行ったから、そして色々調べるきっかけになったから カンボジアのことを少し知ることができたんだと思う。想像、そして知った事以上に深い深い歴史なんだと思うけれども。

日本に帰ってきてから実家に帰った日、たまたま遊びにきていた母の知り合いのデボラさんを交えて、お母さんと3人でカンボジアについて話をしていた。
話を聞けば聞くほど 何も知らなかった自分が恥ずかしくて
同時に次カンボジアに行く時があったらきっと 今度は違う気持ちで違う目で『カンボジア』という国を見てこようと思った。

local

CambodiaからThailandに戻り、再びあのカオサンで宿を取る。
次の日、ファラポーン駅からAyuttaya行きの列車に乗り込み1時間半ほど揺られて田舎を目指す。
1人15Bの3等車両は、地元の人や外国からの旅行者が何人かいたけれど 古い車両だからだろうか 何だか自分までローカルな気がしてくる 不思議。
ゆったりとしたこの地のslow lifeな空気を感じるからなのかな 列車のスピードのように、感じる空気はとってもメロウだった。

バンコクからアユタヤに向かう窓の外をずーっと眺めていると
だんだんと湿地が多くなって バンコクでは見なかった水鳥が多く見えるようになってきて ちょっと北上するだけでこんなにも景色が変わるんかと
タイは面白い。

アユタヤに着いて渡し船に乗って向こう岸へ。
今夜の宿はTONY'S HOUSEというGHで一部屋200B。バンコクだともっと高くつきそうな雰囲気の良い宿だけどここはアユタヤ。

お湯の出るシャワーで体の汚れを落とせることに幸せ感じたトリップ。
これまで使わなかったスポンジを使って、初めて体をきちんと洗った日。
体はかなり…汚れていた…。

gecko

旅をしていてもう一つ、私をドキドキワクワクさせたもの、それがヤモリ。

基本的に生きているものに触れたり見たりすることが好き
「虫で苦手なものは?」と聞かれて思い出せるのは"カメムシ"、"ハサミムシ"、"ゴキブリ"、"刺すハチ"…ぐらいな気がする。臭いのと痛いのが怖い。

昔、家族で近くの川へ遊びに行く度にカナヘビを見つけたり そしてそれを家で飼ったりしたのを思い出した。他にも小さいときからお姉ちゃんたちと色んな虫やサンショウウオのタマゴやカエルのタマゴを持ち帰ってきたり。ザリガニやドジョウも飼ってたっけ。お母さんをビックリさせたことも多々あり。。。
そんな自然に触れながら(自由に外を走らせてくれたり、そういう環境を作ってくれたお母さん、ありがと。)育ったものだから 普通の女の子が嫌がる虫系は私にとって目を輝かせる友達みたいなもの。

タイの安宿の階段でヤモリを初めて発見、カンボジアの宿の部屋に泊まった時、部屋に備わっていたトイレ・シャワールームにてヤモリを2匹発見。このヤモリたちは私がシャワーを浴びてる時に壁をチョロチョロ走り回っていた、触ろうとするともの凄いスピードでヒュルヒュルと天井に行ってしまう。日本のヤモリよりも素早い気がする。
この写真はアユタヤの宿に夜、部屋の窓に張り付いていたヤモリ。シルエットで見るとちょっと雰囲気が変わる。神様は実に色々な生き物を創られたもんだなと思う。

飽きっぽい私が色々な生き物に遭遇しワクワクドキドキするように…?
次行く国ではどんな生き物に出会えるかな。

Myanma

一昨日の夜、母と電話をしていた会話の中でミャンマーのことが出てきた かなり緊迫している状況だ、と。

その次の日の夜、仕事から帰ってきてテレビのニュースを見た瞬間に目に飛び込んできたデモ映像。続いて日本人ジャーナリストが被害に合い死亡とのこと。
映像ジャーナリスト、写真ジャーナリストの人たちをちょっと特別な目で見ている私にとってかなり衝撃的だった。
ついこないだカンボジアの歴史に触れていたばかりに、この辺りの国の状況がどんなんであるかを改めて思い知った。私なんかがあーだこーだと言える立場では全くないけれど 経済も統制されて自由も制限される密告社会の中で、ミャンマーの国のひとたちができる精一杯の抗議行動だったんだということだけ分かる気がする。それに対して更に銃を備えての軍制圧はどうなんだろうと思う。

私の勝手な計画で、こないだの旅の途中「カンボジアに行けなかったらミャンマーでも行ってみたいな〜」なんて軽い考えを持っていた。この時点で既にミャンマーは燃料価格上昇に伴って、ヤンゴンだけではなくマンダレーの方でも危ない空気はあったはず。
計画を持たずに旅することが計画であるバックパックの旅も、それはそれで勿論意味はあるかもしれないけれど 少なくとも自分の国以外の場所へ行くということはそれだけのその時、その場所にある情報をしっかりと持っていなくてはいけないんだ とこの事件から教えてもらえた。

過信しないように。

また、亡くなられた長井さんの遺族の方たちに平安が与えられますように。

2007年10月03日

cloudy, later fair

「曇りのち晴れ。

曇ったり雨降ったりもいいこと
だからバランスがとれるってことになるんだろう」

世界中の小さな子供たちの笑顔を本の中から見ていてハッとした
心の何かグニャリとしたものに触れられた
カンボジア国境で出会った1人の男の子の顔を思い出した
バス待ちの私たち2人に近づいて来た小さな男の子
顔中に落書きして青っ鼻垂らした目の大きな男の子
手にしたビニール袋から拾い集めたものや貰ったものを見せてくれた
空き缶、トランプカード、小袋に入ったチキン、ラップされたお米…
チキンを手にとって自慢げに「食べなよ」と口の前に差し出してきた お腹が空いてたのが分かったんだろうか。
「いいから君が食べなよ」
「ほら、食べてよー」ニコニコしながら食べさせようとする
食べさせてもらうと彼は様子を伺いながらもニタニターっと笑う
楽しくなったのか今度はお米を摘んで「こっちも食べる?」と差し出す
おやつではないだろう、夕食だったのかな それとも家族へのご飯だったのかな
「君が食べて」とその彼の手を彼の口の前に持っていくと 彼はニコッと笑って美味しそうにそれを食べた
バックパッカーなどの観光客から飲み終わった空き缶をもらう姿は真剣だったのに
その表情が生むのか 決して裕福ではないだろう彼のキラキラした笑顔がずっと残ってる

時々 笑い方を忘れそうになりかけると 彼の嘘のない笑顔を思い出して
また会いたいなって思う


2007年10月04日

【青】iro

アユタヤの空は青かった 会話一つ一つが心に温かかった

今夜キャンバスに落とす色は【青】 と決めた


日本へ帰る前の日、ファラポーン駅からLumphini(ルンピニー駅)でメトロを降り ナイトマーケットへ行った
この旅の間、一度もお腹を壊す事なく 体調も守られてきていたこの最後の最後
服を選んでいるYの側で だんだんと気分が悪くなった
空腹にプラス メトロの異常な冷房と外気のムッとした暑い空気に体が対応しきれなかったんだろう
胃液が口いっぱいに溜まってくる

「やばいです、トイレ行きます」

トイレ掃除中のおかげで水浸しのトイレに顔を埋めること約1分 悪いものが全て出て行って
すっきり、完全回復

宿で歯を磨く時、うがいをする時、顔を洗う時
いつも水道水をそのまま使っていたのに
不安だったお腹は意外に丈夫で 予想もしてなかった胃がやられた

最近出来たというメトロなだけあって確かに空調はきっちり整備されている
が、
少しやりすぎだろう…
北海道の真冬、裸で外に投げ出されるようなものと同じだ…

2007年11月02日

what reason?




what reason to go on a trip?
why do u(i) trip around the world?
and... what reason u(i) live?

i was asked like this question from my friend one day. then i coundn't answer well, i couldn't say what i wanna say, what i mean.
but!! i noticed it's NOT hard to think. no matter how i cudgel my brains, it won't give me a correct answer. だって、that i trip doesn't have any means. 答えがないから、だから旅をする。that's why. i can't get real answers throught trip anyway(im not ネガティバー lol).
というか、im traveler as long as my lifeだから結局それが答えに近くなってくる。
そもそもそれが答えなのかな、生きるための旅?旅人であるために生きる?
hmmmm, no correct answer... after all.

why u guys go on a trip? what for? u have any reasons? i wanna get the answers by all means, just for me.

【@Angkor Wat, Cambodia 2007.9.5】


2007年11月27日

京の都 vol.1

4泊5日で京都へpetit trip(仕事からの現実逃避?)
広告の仕事でA○A等の旅行パンフレットを作らせてもらってますが
毎年この京都(パンフ自体は1年に4回作られます)の造成に頭を悩ませます。
歴史ある町であるからこそ そのイメージやアイキャッチが大切になってくるので、
北海道で雪と戯れていながらササッと作ってOKサイン貰えるようなものじゃないのがこの京都。
1年の中で一番こだわり、一番力を入れて指示を出されるのも まさにこの秋〜冬の紅葉の時期。

そういえばkiho家は 小学校6年生になると父と母が交代で娘たちを京都・奈良へ連れていってくれるというのがありました。
姉2人や妹も小学校6年生で旅行しています。
が、私はちょうど小学校6年生でアメリカ遠征が(サッカーで)あったり日本各地に飛んで行ったりだったので
私1人だけ京都も奈良も 旅行っていうものをしていなかったのです。

そんなこと思い出しながら…休暇と仕事も絡めて雪国から京の都へ飛んでいきました。

初日は夜中入りだったので翌朝から行動、前に進めないほどの人ごみを覚悟して。
が、予想以上。
連休ということもあって北海道では体験できないような人の多さ。
お決まりの清水寺。
中には入らず寺の淵から紅葉を眺めて退散…(異常な人の多さ…苦手です)
紅葉はピークとは言えまだ完全に色を変えておらずあと少し後かな?といった具合でした。
行ってみたかった鴨川沿いのCafe and Products【efish】で休憩。
※このcafeの目の前の高瀬川の小さな橋でデジカメを色々ちょしてたら…橋の上からカメラ落としまして。わずか3〜4cmの水深のちっさい川に新しいデジカメ鮮やかに光ってて。
そしたら近くを工事していたおじちゃんお兄ちゃんたちが寄って来て たくましいおじちゃんが川ん中入って救出してくれました。。。
データやバッテリーこそ生きててくれたものの、タッチパネルの液晶は見事に機能しなくなりました。泣

気を取り直してテクテク歩き、帰りは先斗町(ぽんと町)をゆっくりまったり歩き続けました。

京都は、北海道の小樽のような空気をちょっと感じました。
小樽は石造り、レンガ造りの多い街。けれど懐かしさを感じさせてくれる、それを京都でも感じられた気がします。
田舎もんの私には宇治の空気や道が懐かしいな って。落ち着ける場所でした。


2007年11月28日

京の都 vol.2

2日目。仕事のパンフで表紙に使われていた竹林を見てみたい、との事で嵐山方面 嵯峨野の竹林へ。
勿論覚悟はしていたけれど、やっぱり人の多さに胃が痛くなりました。

渡月橋も大渋滞。
けど、ブロッコリーみたいな周りの山は紅葉していて確かにきれい。
お団子の香ばしい匂いもあちらこちらからしてきて誘惑が…。

川の側に腰をおろして一休み。目の前はカップルやら親子やらのボートで沢山。
ゆったりした中に突然上流から大学のボート部かな、救命ジャケットやら完全防備の若い子たちがエアーボートで向かってくる。
思わず吹き出しちゃった…なんでこの場所にこのボート?思いっきりツボに入った。

お馴染み吉兆の入り口で記念撮影に並んでる人たちを横目にみながら竹林を目指しゆったり歩く。ひたすら歩く。
竹林見えてゲッソリ
パンフの写真は人1人居ない無人の道。まぁ、無人は無理であっても…の考えがバカでした。
ひとひとひと。

人の多さを撮りたいがために木によじ上る。
帰りはこの道を通らなくては…とのことでmy worldに入って人を遮断して緑の匂いだけを辿って歩く。
我ながら頑張ったと思う。

帰りはバスで途中、これまた行きたかったcafe【京都CAFE OPAL】で寄り道。
行ってみたかったcafe2つとも制覇。

宇治への帰り道、連れが「気持ち悪い」って顔色悪くして電車を途中下車。
大丈夫かな。とりあえずトイレ、そしてお茶飲みなさい、と。
家に着いて寝込んでしまった。
私は全くピンピンで晩ご飯の手作りコロッケと牡蠣フライと馬刺をパクパク食べる。

が、しばらくして何だか私も調子が悪くなってきて…

(汚い話でゴメンナサイ)
トイレで朝ご飯のお味噌汁に入ってたワカメと再会してしまいました…。
終いには2人とも熱が出て来てしまってこの日の夜からずっと寝込んでしまう。
せっかくの京都に来て次の日も一日、一歩も外に出られず布団とトイレを往復。
大阪でお好み焼き食べようね、と話していたプランもぶっ飛んで、
願ってた以上に体を休めることのできた旅になりました。
太って帰ってこようと思っていたのとは逆にまた痩せて札幌へ帰ってきました。

千歳に着いた時のあの不思議な感覚。
冬の匂いといい、私、やっぱり北海道の冬が好きかもしれない。



2007年12月10日

10B

1$=4,000 R

カンボジア国境を越えてすぐの銀行で両替
カンボジア内ではもちろん米ドル札を使えるし、現地の人たちにとってもドル札でお金を払ってくれた方が嬉しい話

カンボジアではタイ同様 これといって贅沢なものを食べる訳でもなく
立派なホテルに泊まったわけでもなく 何かお土産を買った訳でもなかった
一番大きな出費はBangkok→SiemRiapまでの移動費、それにVisa

カンボジアで2泊して帰る日 それぞれの手持ち金額を確認

……。

まぁ、帰るお金はあるね と、Bangkokへ戻るバスに乗る
確かこの時点で手持ち合計3ドル(タイバーツは余裕があったけれどカンボジアでは勿論使えない)

カンボジアで途中降りたレストランでもメニュー見るだけ
国境が待ち遠しくて わずかに残ったプリングルスを分けて食べる
ちょっとひもじい思い。。。
国境に着いて乗り換えのバスまでの途中、フランスパンのような形をした でも中はスカスカのパンを売るおばちゃんから10Bで1本のパンを買った
何の甘みも味気もないそのパンが涙出るぐらい美味しく感じた
Yがスプライトを買ってきてくれてまた涙出るぐらい嬉しくて大切に飲んだ

10B=40yen

大きなお金だ


【@GH, Cambodia 2007.9.5】


2008年02月14日

reason for being

そこに行くってことは
何かしらの理由と意味があるから

私がそこに行くってことは
私がそこに行く理由と意味があるから

初めは理由がなくてもきっと
行くと理由や意味が見えるかもしれない


ここにいるってことは
何かしらの理由と意味があるから

私がここにいるってことは
わたしがここにいる理由と意味があるから

初めは理由がなくてもきっと
いれば理由や意味が見えるかもしれない

身近な人が言いました

そこにいるのも才能だ

その時あの時に
この場所にその場所に
存在することが
意味になる
理由になる

日本を出ることだけが旅じゃない

やっぱ旅に出よう。


【2008.2.11 @Kise, Okinawa】


2008年03月04日

mellowness

今すごく
あの
カンボジアに居た時のような
メローな感じが欲しい
「ローカルっぽい」というのとはまた違う
心地よさとダルさの狭間のような
あの感覚がすごく
欲しい

でも
この日本にいて
同じような空気を持ってしまったら
旅に出たいと
思えなくなってしまうのかも知れない
同じくなってしまったら
きっとそれはそれで
居心地が悪くなるかも知れない

だからちょっとでいいなー

cmでいえば0.3cmくらい
目盛りでいえば4目盛りくらい
km/hでいえば10km/hくらい
成長でいえば28歳から29歳への過程くらい
mlでいえば500mlくらい

ちょうど良いぐらいって難しいけど
ちょっとだけユルさが欲しいかなー

【2007.09.04 @Angkor Wat, Cambodia】


2008年05月09日

early morning

朝一番に
誰もまだ足を踏み入れていない場所に

冷えた夜が朝を迎えて明るくなると
その時にしか見えない、見る事のできないものに出会える

山も海も川も
そしてまだ行った事のないところにも
ちっさな出会いや発見

朝一番のサーフィンがまた始まって
「おはよー」と一緒に嬉しいスタート

--------------------------------------------------

写真はこないだロートリした時のもの。
民家の脇を流れてた小川のそばにキラキラあった。
朝早かったから小川からの水蒸気がプチプチと露になってくっついてた。
すごくかわいくて
ポンポンと軽く触るとポロポロと雫が落ちてく。

うわ〜 きれい!


【2008.05.05 the way to Obihiro】

Profile

- KIHO -
北海道生まれ、札幌市在住。デザイン業界でフリーランスとして働く傍ら表現活動を続けている。

"Life doesn't tell a lie. everyday is nature. my style, my stance."をライフコンセプトに旅をし、絵を描き、写真を撮り、文字を綴り、音を作り出している。

趣味はスノーボード、サーフィン。自然の中で自然に生きる道産子自由人。自分の持つ色と様々な出会いや経験を通して生まれる色を表現する。

NAVIGATOR

Previous Category is surf .

Go to Blog Top .

Go to Archive .